2011年 09月 21日
センスから技術へ
昨日、訳あって、サイクルライフプロデューサーのこ~ぢさんと夕方から4時間程話をした。貴重な機会であった。焼肉の大幸のおばさんもずっと一緒にいた。この前一緒にライディングに行ったSさんも、たまたま、途中一緒だった。話は多岐に渡ったが、一番印象的だったのは、ダンシングの仕方についてのこ~ぢさんの説明だった。
初め、「両手をこういう風に構えてこういう風に振ります。その時内側の肘を体につけてねじります。そして、それに足の動きを合わせます」と言う風に実演してくれた。最後の段階では、まるで阿波踊りか何かのように言葉どおりのダンシング(踊り)になっている。真似しようとしたが、なかなかできない。すると、こ~ぢさんは別の説明を始めた。「まっすぐに立って、肩を動かさないでこういう風に両手をひねってください。そうです。そうです。それを交互にやってください」。続いて、「それをずっとやっていて出来るようにように自然に肘が内側に入ってくるようになるんですよ」。
「そうすると、手が振れるようになって、足が合わせられるようになってきます。」
もちろん、私(もともと運動神経の鈍いジジイの私)がその場ですぐにマスター出来るはずはなかった。でも、なるほどなと、その時思った。こ~ぢさんは、今、自分の感覚でつかんだ技能を技術に変えようとしている。こ~ぢさんが言うには、プロの選手は速く走るために誰に教わるわけでもないのに皆そのようなダンシングをするようになる。自然にそうなる。つまりその能力は一人一人の選手の生得のセンスによって獲得されているのだ。
私は自転車を始める前、写真を趣味の中心にしていた。その頃の写真を見て、時々、「センスが良いですねー」とか「自分にはセンスがないからこんな写真は撮れない」とか言ってくれる初心者がいる。でも、その度私は言うことにしている。『いや、これはセンスじゃありません。技術です。センスと言ってしまえば生まれつきのものだから撮れる人と撮れない人に別れてしまう。でも、これは技術なんです。技術は一歩一歩過程を踏んでいけばば誰にでも到達出来るものなんです』と。大した写真を撮っているわけでもないのにこんなことを言うのは恥ずかしいことではあるが、初心者が相手なので許してもらう。
こ~ぢさんは自分のセンスでつかんだダンシングの技能を、意識的な考察の対象にし、いくつかの要素に分解し、組み立て、そこに至る手順を理論化している。センスが技術に転換されているのだ。だから、その手順をなぞるよう教えられたレッスン生はスポンジのようにその技術を身につけ、一緒に走る私を置き去りにすることができるようになった。
技能から技術へ。センスから技術へ。こ~ぢさんは自分の身についた経験・技能から技術体系・理論体系を導き出し人々に普及させようとしている。こ~ぢさんによって理論化されたこ~ぢさんの経験・技能は、こ~ぢさんの教えを受けた人たちによって、さらに他の人にも伝えることも可能である。それはセンスではなく技術の体系となろうとしているのだから。
なんてことを思っているうちに、気がつけば外は真っ暗。雨も降っていました。慌てて家に帰って、ビールを一本。
うらやましいなあ☆
阿波踊りしつつ自転車を漕ぐ・・・草津で試してみよっと^^
写真や芸術系のセンスはどうでしょうかね?
私はどちらかというとそっち系ですが(写真はド素人ですが)、色々な人を見てきて、センスがない人はなかなか技術も身につかない気もします〜
途中で諦めちゃうような人が多いかな。
腰調子いいです
そうですよ。良かったですよ。
ええっ本当に!!!!じゃ、草津で阿波踊りが見られるんだ。楽しみだなー。
こ~ぢさんのところにいくのは正解だと思います。でも、私は全然ダメです。YASUさんの足元にも及びません。私の方こそYASUさんに教えて欲しいです。
私はグラフィック関係は写真しかしたことがなくて、絵にはまったく自信がないし全然分からないのですが、絵に比べると写真の技術は限られていると思います。
1)構図(8割は対角線構図でOK) 2)光の使い方(斜光または逆光を使うと効果的) 3)レンズ効果を使う(望遠レンズのボケ 広角レンズの引き立て効果) 4)アングル(上下左右動いて一番良い絵となるポイントを探る ) 5)背景(主役だけではなかなか押しきれないので、引き立て役を探す)
あと、ストロボの使い方がうまい人がいたりしますが、アマチュアが通常撮る写真としてはこんなものかなという気がします。絵だったら、一番修練が必要となるデッサン力とか色の作り方だとかの基本的技術はいらないんですね。それはカメラとフィルム・受光素子、ソフトウェァ等がやってくれますから。
私にはまったくセンスはありません。これは自信を持って言えます。でも、こんなことを気にしながら、撮るようになったらたまには人に褒めてもらえるもらえることもある写真が撮れるようになりました。だから、こんなことを意識しながらトライ&エラーを重ねていけば誰でも、それなりの写真は撮れるようになると思っています。
ただ、逆に、結構誤解されている写真に対する見方…写真なんて誰でも撮れるのだからまったくの素人だってたくさん撮ればその中に傑作が写っていたりする・・・は、間違いだと思っています。その可能性が絶対に0とは言いきれませんが、何の技術もない人が適当に撮っても傑作を撮れる可能性は非常に少ないと思っています。
腰の調子が良いとのこと、結構なことです。日頃の行いが良いせいでしょう。
ローラー台でのダンシングの練習って私も一度してみたいなあと思っていました。まあ、私だったらこ~ぢさんに怒られっぱなしになってしまうと思いますけど。
こ~ぢさんは独立してまだ1年ほどしか経っていないので、たしかに自分の経験の全てを理論化しきっていないのだろうなと思います。今はその過程なんでしょうね。でも、これから時が進むのにしたがって、色々整理されていくのでしょうね。
ヒラメの教室をやっている方なんて、すごく能弁で説得力があるようですが、一般的には実践者が自らの技能を分析し複数の要素に分解し組み立てなおすというのは難しいことですよね。私もたまにはお邪魔し、その成果を頂戴したいと思います。
写真の場合の基本的な構図やカメラやソフトの機械的な性能は確かにあるとは思います。
例えば絵の練習のような壷のデッサンのような壷とかだと知識と技術があればセンスはあまり必要なくなると思いますが、1日カメラを持って歩き回った場合には技術や知識以外の「見る目」「見つける目」そして見つけた物をどう撮るかの部分にはやはりセンスという物が必要と感じてます・・
なんだか話が変な方にずれてしまい、スイマセン・・!!
この辺の話はコメントではなくお酒でも飲みながら
一晩中談義するのがいいですね(^^;
私はまったくマスターしてないので、無理です。少しはうまくなりたいのですけど。