人気ブログランキング | 話題のタグを見る

これはロックだ!! 林芙美子「放浪記」

このところ、足の痛みが抜けない。痛みの程度は随分軽いのだが、完全に抜けるまで自転車に乗るのは自重することにしている。というのは、これまでの何ヶ月か、少々痛いのを無視してライディングをし、徐々に悪くしてきてしまった気がしているからだ。

で、暇な時間はどうするか。読書かテレビかパソコンしかない。

そんなわけで、小説を青空文庫から何冊かダウンロードした。昔から名前は聞いているがどんなものだろうなと読み出したのがこの本である。

これはロックだ!! 林芙美子「放浪記」_b0104774_081567.jpg


面白い。いや、正確に言えば面白いとも言えないのだが、引き込まれるものがある。大きなストーリーがあるわけではない。ただひたすら、筆者の若いころ、20台前半での貧乏生活がつづられていく。その様たるや大変なるものだ。ひたすら、ヒモジイ、何か食べたい、金が無い、もう何日も食べていない、こんな生活では誰かと結婚するしか無いか、働いても給料は非常に安い、こんなことなら自分の身を売ろうか等の話が延々と続いていく。

それでも読んでいられるのは文章が非常に生き生きとしているから。読み始めてすぐに驚いた。何なんだこれは。これで本当に戦前の作なのだろうか、と。文章にリズムがあり、言葉の一つ一つが粒立っている。書かれている現実は悲惨なものだが、文章は快活で透明感がある。

出だしはこうだ。
「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。父は四国の伊予の人間で、太物(ふともの)の行商人であった。母は、九州の桜島の温泉宿の娘である。母は他国者と一緒になったと云うので、鹿児島を追放されて父と落ちつき場所を求めたところは、山口県の下関と云う処(ところ)であった。私が生れたのはその下関の町である。」

どうだろうか。どうも私は戦前の作家の小説とは肌が合わない。読み始めると常磐津か長唄みたいな、のんべんだらり(失礼)とした調子に感じられ、付き合うのが大変だ。でも、この作品は別。こりゃ、まるでロックだ。まあヘビメタでは当然ないが、若きエルビスプレスリーが歌っていた曲のような小気味よさがあるではないか。素敵だ。

主人公は生活苦から涙が止まらなくなることがしょっちゅうある。昼間から酒を飲んでヘロヘロになることもある。でも、若い女が酒を飲んだらおかしいか、へーんだ、と突き放す力がある。母親と大宮に行商にいく。途中母親が草むらに入って用を足す。3日も便秘が続いているのだという。
「私は荷物の中から新聞紙を破ってお母さんへ渡した。よわりめに、たたりめ。幽霊みたいな運命の奴にたたられどうしだ。いまに見よれ。そんな運命なんか叩き返してみせる。あんまりいじめるなよ、おい、ぞうもく野郎! 私は青い空に向って男のように雑言を吐いてみる。私は、こんな生きかたは厭なんだよ。みずみずしい風が吹く。それもしみったれて少しずつ吹いている。
 お母さんは裾をくるりとまくって、草の中へしゃがんだ。握りこぶし程に小さい。死んじまいなよ。何で生きてるんだよ。何年生きたって同じことだよ。お前はどうだ? 生きていたい。死にたくはござらぬぞ……。少しは色気も吸いたいし、飯もぞんぶんに食いたいのです。」
どうですか。弾けてるでしょう。女性がノグソをするシーンを書くなんてそうそうあるもんじゃないでしょう。その上でこの文句です。うーん、素晴らしい。おっと、楽しくなって、文体が乱れてしまった。

主人公は男運が悪い。役者と一緒に暮らし始めるがどうにもならない。働かない、金は使ってしまう、家を空けて帰ってこない、浮気はする。仕方なく別れる。郷里(尾道)出身の男と、東京で一緒に生活をする。その学生生活を支えてあげる。結婚の約束をする。卒業して家に帰ったその男は、そんな女との結婚は許さないと家族に言われて逆らえず、他の女と結婚をしてしまう。詩人の男と暮らし始める。その男も働かない。机に向かって詩を書くだけ。自分を働かせ小間使いのように使い、少し気ににいらないことがあると、すぐに殴る、蹴る。そんなことが続くので、主人公は男はもういいやとなりながらも、簡単に縁は切れない。

そんな主人公を支えたのは、文学で身を立てるという願いだけ。ただ、小説というものは書いたことが無い。書けるのは童話と詩。長く辛い仕事が終わった後、ひたすら書く。食べるものが無いので、かわりに書く(?)こともしばしばだ。そうして作った原稿を出版社に持ち込むのだが、なかなか採用してはもらえない。時には、編集者が勝手にそれを自分の作として載せてしまうこともある。でも、抗議が出来ない。知らんぷりして笑いながらまた原稿を持ち込む。

主人公が30円という金があればなあというシーンが何度もある。主人公が働いて大抵は一日80銭位。いくら働いても貯金は出来ない。男と暮らし始めたら、布団は一組あれば済むからと、もう一つは売って生活費に当たるというくらいの貧しさだ。そこに母親が出てくると、布団が無いので、二人は行李の中に座布団を敷きそこに座って朝がくるのを待つ。言葉にならない。

そんな生活をしている主人公が皇族とすれ違うシーンが何度か出てくる。「あの皇族の婦人はいかなる星のもとに生れ合せたひとであろうか? 面のように白い顔が伏目になっていた。どのようなものを召上り、どのようなお考えを持たれ、たまには腹もおたてになるであろうか。あのような高貴の方も子供さんを生む。只それだけだ。人生とはそんなものだ。」
また、天皇について「大正天皇と皇太子の写真が正面に出ている。大正天皇は少々気が変でいらっしゃるのだという事だけれども、こうしてみると立派な写真なり。胸いっぱいに、菊の花のようなクンショウ。刷りが悪いので、天皇さまも皇太子も顔じゅうにひげをはやしたような工合に見える。」という表現をしている。
第二次大戦が終わって天皇は人間宣言をしたが、主人公は当然のように、天皇も皇族も人間だと思っていた。公式の天皇制イデオロギーが及んでいない。たくましくて健康的な地に足がついた精神。そして、次のような詩まで作っている。
「この街にいろいろな人が集ってくる
飢えによる堕落の人々
萎縮(いしゅく)した顔 病める肉体の渦
下層階級のはきだめ
天皇陛下は狂っておいでになるそうだ
患っているもののみの東京!

一層怖(おそ)ろしい風が吹く
ああ、何処(どこ)から吹く風なのだ!
情事ははびこる かびが生える
美しい思想とか
善良な思想と云うものがない
おびえて暮している
みんな何かにおびえている。

隙間から見える蒼(あお)ざめたる天使
不思議な無限……
神秘なことには陛下は狂っておいでになると云う。
貧弱な行為と汎神論(はんしんろん)者の鍋(なべ)
りくぞくと集ってくる人々
何かを犯しに来る人々の群
街の大時計も狂いはじめた。」

これを本当に戦前に出したのだろうか?(初出版)には載っていない。ちょっとググってみたら、1949年に出た三部に載せたものだという。まあ、そうでしょうね。戦前では恐ろしく載せようがなかったろう。ただ、戦時中、報道班員として海外に赴き戦地を回った林芙美子であるが、終戦直前の昭和20年3月には、疎開先で「こうなったら(日本は)キレイに負けるしかないでしょう」と発言し問題となっていたという。それでも、戦争に強力したという思いは強く、そのことを強く「悔いていた」という(太宰治の娘の太田治子の言)。その悔いが形になったのが、小説「浮雲」であると。

次は「浮雲」を読んでみようかな。もっとも、まだ青空文庫に載っていないので、タダでは読めないけど。
Commented by 銀輪乗士 at 2012-02-28 20:30 x
拙も戦前の文学はとっつき難いので敬遠してしまいますが、もう一度自分に合いそうなのを探してみようかしら。
自転車に乗れない時間を文学にいそしむのも有意義な過ごし方ですね。
先日は残念でした。脚が回復したら御一緒下さい。
Commented by haru_ogawa2 at 2012-02-29 21:36
銀輪乗士さん、こんばんは。
やはりそうですか。昔の人の作品て、今の人とはリズム感が違うんでしょうね。
足の方は早く何とかなりたいものです。途中からなかなか進みません。
by haru_ogawa2 | 2012-02-28 00:15 | その他 | Comments(2)

元々は自宅の回りの植物(枯れ草・枯れ葉・花・紅葉等)を撮っていましたが、今はよさこいのイベントを撮ることが多くなりました。GANREFにも投稿しています(https://ganref.jp/m/haru_ogawa/portfolios/photo_list/page:1/sort:ganref_point/direction:desc)。


by haru_ogawa2
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31