「さざなみ」自分の気持ちの奥底に隠した痛みは、妻の心に鮮血を流させるかもしれない。生きることは煩悩。
老境にいたり、次へのステップがなくなったとき、意識されるのは昔のこと。
長く生きている間には歯を食いしばるようにして断ち切った思いが、誰にもあるはずだ。鮮血がほとばしる思いを必死に抑え、血餅化させ、意識の外に追い出したことが。でも、それは、心の底に潜んでいる。いまさら思い出したところで、どうなるものでもないものが、時に、頭をもたげてくる。まるで伏流水があるところで突然ほとばしるかのように。そして、「もしあの時、自分の望むように事態が進んでいたら、自分の人生は全く別のものになったであろう。自分は今の自分ではなく、まったく別の自分になっていたかもしれない」という思いが沸いてくる。
老境は、青春時代の葛藤から最も遠く離れた時期であるが、同時に葛藤の記憶を懐かしみつつ、それを苦く噛みしめる時季かもしれない。何度も何度も反芻し、その度に乾いた痛みに打たれる。昔、私に「時間は親切だ」と言ってくれた人がいたが、必ずしもそうではないなと思う。
この映画では、夫の過去の恋人に妻が嫉妬する。夫婦が出会う前に亡くなってしまっていた夫のかつての恋人に、結婚45年を迎えた妻が嫉妬するのだ。そして、夫が自分に見ていたものは、亡くなってしまったかつての恋人だったのではないかと愕然とする。
昔の痛みは心の底に隠しておかなくてはならない。それは自分だけのものであり、配偶者に見せてはいけないのだ。
この映画の老夫婦は、子どもを持たず45年を過ごしてきた。そして、二人ともすでに仕事からは引退している。そのため、互いに向き合う関係が生活のほとんどの部分を占める。そのことが、この問題を純粋化し尖鋭な表現となっている。うまい設定なのだろう。
気楽に見る映画ではない。結構きつい。それが良い。